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5月 TOUGH BOY

野田 モクセイ

    野田モクセイ 喫茶営業(10時半〜18時半)再開されています。

 

疲れきっていた心身が

このひと月、ひたすら歩いて、たそがれて

食べて 眠って、花をみて

日に日に元気と健康が 自分に戻ってくるのに驚きながら

その毎日は、夢みたいで

うる星やつら 映画『ビューティフルドリーマー』の

亀の世界にいるかのような(ものすごすぎる作品です!)

おかしな不思議な感覚に見舞われる 5月の日々

 

その間 今までにないくらい

日本や世界のいま、これからを

アカシックから読むというのを

いっとき毎日のように続けていました。

 

国の核となるものが

邪気めく幼児性におかされ空洞化してしまった

日本の政治、統治システムは末期的で

そんななかでも大阪は

ビシバシズムの極まりもあいまって

覆水盆に返らなくなるところまで来ていたりと

けっこうにハードボイルド

 

そのゴルゴな現れを

現実に目にするのは散歩のとき

落ちているごみにぎくっとぎょっと

こけて膝に傷を負うような感覚が

散歩のたびにいつもどこかで

 

先日は割れたすいかがとびちって

そのまわりに焼きししゃもが何匹も

ばらばらに横たわっていたのには

ぎょっと以上の衝撃をうけたけど

 

そこまでのはしょっちゅうはないにしろ

意図的か、無意識にも捨てられている

ごみの具合や落ち方が

いままでと、ちょっと違う

 

そうして日々を、周囲を見ると

ごみの落ち方以外の現実も、ちょっと違う。

 

自粛要請下の非常事態

それだからなのか、そのことでなのか

そういうときに、もうあるからなのか

 

内なる葛藤からうまれる

怒りや不安、恐れやいらだち

絶望とあきらめ

 

それら自分に苦しみを感じさせるものはすべて

胸の奥へ奥へと押し込めて

なるべくに感じないよう、みないふりをし

それでもどこかにはあるのだろう苦しみを

笑顔で繕い がまんしながら

一見問題ないように今をある

 

そこになにも問題はなく

そういうものだし、みんなそうだと

しのぎしのいでやってきたありかたが

同じようには できなくなってる。

 

今回のコロナ禍における

突然に急激な、環境の変化、状況の変化は

すべてのひとに

認識の変化、意識の変化、あり方の変化を

否応無しにつきつけてくる出来事であり

 

セパレートからユニティへの移行で

全体もう不調和なものすべては

これまでと同じに維持することが困難になる

大きな切り替わりのときにいるいま

 

届く変容の波の注ぎは

いまバラバラと大粒の雹みたい

かたちを変えてしまうほどの強さでもって

奥の方へと押し込めてきた葛藤を

問答無用に胸へ喉へと押し上げる

 

そうして上がってきた葛藤のかたまりを

もう無視はしきれないと

覚悟を決めて、それと向き合うことを選ぶか

それでも、見ないふりを続けるか

 

変化を促す圧がどれだけ強烈なものであっても

最終ひとはそのとき自分が選びたいものを

どんなときも、自分で選び

自分が決めたいことを決めて生きる。

 

自分は何を決め、どう生きるのか

その確認と表明を

いまいちど求められているともいえるのが

今起こっている出来事、体験であるならば

 

その返答として

汚れた水を未処理のまま海へ流してしまうみたい

自制する心や理性をなくして

自身の内なる葛藤を

そのまま外へと放出するのを選ぶひとが

ゾンビのように増えている

 

ただ自分がらくになりたいがために

その苦しみを、自分以外の存在にぶつける

そうしてその人の負う傷や苦しみを見ることで

そのときだけすっと、自分のなかが安定する

 

その一瞬の解放感は長くは続かないうえに

すっとしたはずの葛藤はより存在感を増して

自分自身を苦しめる

そうして自分の一部である葛藤に

自分自身がまるっと飲み込まれてしまう

それは、暴力の増加を意味する。

 

この苦しみはなんなのか

どこからきていて、そこには何があるのかを

自分の内に見、わかろうとするのなら

葛藤のかたまりは、苦しみでなく

ただあるものとして、

あとにどんなでもその取り扱いを

意識的に選ぶことができる。

 

そうした、覚悟と真摯さが必要になる

内なる葛藤との対峙ではなく

 

おさえきれない葛藤を

他者へぶつけることを選ぶなら

その一瞬のすっと感を得るために

常に意識は他者、外ばかりに向くことになる。

そうなると、リアルサバイバルゲームみたい

世界の心地は 地獄とおなじかもしれない。

 

個人や集団意識の葛藤の投影は

それを向けられるひとやものや社会に

命に関わるほどのダメージを与える

生命という意味でも

生きるという意味でも。

 

いまアメリカで大きな問題化している殺人事件

今回の事件だけじゃない、もうずっとえんえんと

レイシズムを手放さない社会下で

差別をうけるひとたちが

あたりまえに自分のままに生きる自由と権利を

その自分を生きるための無二の命を、奪われている。

 

日本では、難民認定されずに入管に閉じ込められ続けるひとへ

人権を無視し行われる、心身を破壊するほどの暴力

沖縄に暮らすひとたちと、自分のいる場所

認識の切り離しによる、無関心、責任の押し付け

入管、沖縄、どちらでも

不条理に、無念にも、亡くなられたかたたちがいる

 

この数日を見れば、

政治権力や虚偽や差別と対峙し戦う
発信力あるひとのアカウントが次々に凍結される

ツイッタージャパンの理由なき言論の弾圧も

その恐ろしさものすごく

ファシズムはそのひとの存在をないものにしてしまう

 

政治を見れば、

政府、首長の発信、目を覆うばかり

 

ひとがひとであれるのは

理性と自制心が備わっているからで

わたしはそこに良識、良心のふたつもあわせ

ひとにはその四つがあたりまえにあるのだと

小さいときからあたりまえにそう思って生きてきたけど

小泉竹中が政権をにぎってからは特に

そのあたりまえの四つを、

政治を行うひと、社会に見出すことが、年々に困難に

個々の葛藤や欲望のストッパーがふっとんでしまった

いまというときは、もうほんとう末期でしかない

 

じぶんの日々の内でも

みんななくらい、傷ついているひとがいっぱい

他者の腕でリストカットするような

理不尽な葛藤の投影に

胸をカッとなんども受けて、深い傷が重なって

昨日もセッション、看護師さん

涙止まらなく流されていた。

 

なんでこんなことにと

セッションでも

つながりあるひとの話しからも

またツイッターのタイムラインでも

流れてくるニュースからも

葛藤を解消するための暴力が

連日、日々に、見えきらないほど

そして見えなくてもたくさんのひと

傷つき心身、目を胸を、

ぎしっと深く、痛めてる

 

悲しいし、ほんとうに恐ろしいことだけど

もうくるところまできて、

これからゆくところへと向かうこの過渡期

特に大阪、東京にいるひと

自分を守る、ありかたを。

 

葛藤の瞬間的な解消法はいくつもあって

例えば他者を支配することであったり

相手から恐れや悲しみ苦しみをひきだすことで

自分にパワーを感じたり

苦しみいらだちのはけぐちにしたり

自分を生きている人や、自分を生きれていないひとを

自分のドラマにまきこもうとしてきたり

そのひとの時間やエネルギーや感情、想いを

ただむさぼるためだけであったり

 

そうしてその理不尽な、悪意ある攻撃を

となりや背後、離れた所、真正面から

突然にぶつけられても

急所を突いてこられたり

なにかをおとりやおどしにされたり

こちらに理由があるように感じさせ

そこでうまれる罪悪感につけこんで

操作しようとしてきても

 

そのひとが自分に向けてくるそのひとの問題に

自分の世界が飲み込まれてしまわないように

自分自身には関係のないそのひとのドラマであり幻想の現実が

自分の現実になってしまわないように

そのひとの問題で、自分の心や身体が決して傷を負わないように

 

大事になるのは、それを個人的に受け取らない客観性と

予測期待投影判断思考感情を一寸意識の目に持ち込まない

ニュートラルで透明クリアな、明晰な視点からの見極め

そのために必要なのは

胸から上下へ垂直にのびる 見えない軸の確立と

そして水平、胸をひらいた、太陽の塔のイメージ

そして、自身への信頼。

 

自分に留まり続け、起こるあらゆる

向けられるひとつひとつを

意識の目で多角的に そして深層的に見ていって

ゆきつくところ、その理解と認識、そのうえで

そこにある自分の答え

hopeじゃなく タマシイのwant

それに沿って、今をある。

それは、迷いのない状態。

その限り、自分に、今に、い続ける。

 

必要な場合には、自分の世界を守る表明として

「ノー」を言うこと。

呪いを許可しない。そのひとのドラマに参加しない。

 

向けられるもの、どれだけ闇めき深くても

自分の現実、自分の世界

自分の時間枠、自分の意識場は

自分の意識で守ることができる。

 

外からの投影が水彩なら、自分の意識は油彩

勝手に何かをどばしゃと描いてきても

自分の絵がしっかりしてれば弾いて残らず

ちょっと色味がついたとしても、水で洗い流せばいい。

 

他者に自分の筆をうばわれることなし

自分が描きたい、自分の絵を

 

レールもルールもなくなったいま

すべて今次第のまっさら透明な用紙のひろがり

下絵となる明確なビジョンなくても

胸の答えと思考と行動

瞬間毎に則していれば

ちゃんとじぶんが描きたかった絵

みたかった絵を

自然に描きすすめるように

生きることができるときに入ってる。

 

記憶から継続するレール、伴うルール

まだはっきりは思えなくても

もうしょうみ、なくなっている。

自分の決意、決心が、道をつくり

常に今。今しかない。

 

いよいよの魔法のとき

磨き続けてきた腕(意識)をのびやかにふるい

新しい世界、みんなで描き、喜びあいたく

 

おかしな邪魔あれば、それは投影による幻想

そのつど受け取ることなし水か風に流しつつ

何に自分の意識、エネルギーをむけるかを

ほんとうに大切に、鬼意識的に

 

最後、外から向けられる呪い

影響なくあるありかたを書いている本

お知らせします。

 

現在翻訳版は7巻まで出ている

アナスタシア』シリーズ

作者はウラージミル・メグレさん。

 

アナスタシア ウラジーミル・メグレ

 

もしも6巻お手元にあるかたは

ぜひいまいちど、読み返されてみられては。

いま起こっていること

改めて意識的に確認ができ

7巻でも書かれている意識について

創造の要でありすべてである意識

そのスピードを制限させるもろもろが

読み進めるうちとっぱらわれてゆく

全巻すばらしいけれど、

特にこのいまのとき

『アナスタシアの』6巻と7巻

とてもとても、おすすめです。

 

長くなりました。

できた傷、皮膚にもどるよう

じぶんを大事に、しっかりといたわって。

 

時はまさに世紀末。

ケンシロウの無敵さで

タフボーイに、いまのときを。

 

 

 

スピリチュアルリーディングにじのわ アカシックレコード

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