categories

archives

7月 なつかしすぎる未来

幽霊人命救助隊

自殺者の命を救え! 浮かばれない霊たちが、天国行きと引き替えに

人名救助隊を結成、地上に舞い降りた。救うべきは、100人の命…。

怒涛の人命救助エンタテインメント。 『幽霊人命救助隊』高野和明

 

しずかにもうれつな7月でした。

父とサンさんの命日迫るこの月は

油断すればかまいたち的に襲い来る

かけがえのない大切な記憶の波状攻撃、

その度そこへ意識をあわせないよう

じっと今に集中し、やりすごす

記憶と今の攻防戦みたい

7月は毎年特に用心深く過ごしていたのが

この自粛あけの一ヶ月は

のんびり一転のいそがしさに

悲しみを想う間も、感じる間もほとんどないで

ひたすら平泳ぎで海をゆきつづけるような

あっぷあっぷの ひと月でした。

 

そんななかも、少しづつ読み続けていた

本があり

その本は、Yさんのはなクリエイトの記事で

マヤさんが名前を挙げられたとあった、

高野和明さんの小説で

 

アマゾンで取り寄せ読み始めたら

週刊新潮に写真とともに掲載された

赤木俊夫さんの手記を読もうとしたときとおなじ

迫り来るもの、あまりにも大きすぎて

自分の部屋でひとりで読むのは困難に

誰かがいる場所、

外でコーヒーをいただくときに

こころを落ち着かせて少しづつ、

 

この本は、小説ではあるけれど

リアルに胸に現実に、命が迫る

605ページと分厚くも、

さらに何冊にもなりうると思う本

ゆっくり、そして先日、読み終えました。

 

死にたくなったことのないひとも

きっとこの世界にはたくさんいるも

仕事や生き方、環境によるところあれ

我慢、忍耐、とまどいなしに

この社会で生きていくことは

どうしたって困難に思える

ある部分、地獄的なシステム下

 

それでも、真摯に、誠実に

生きていること、生きることの意味をおもい

必死にふんばり、自分を活かし、生きようと

胸に燃える火、希望の瞬きを

消さずに灯し続けてる

自分を、希望を生きることを

あきらめていない

想いとこころある まともなひとほど

 

混沌と搾取の世の中で

目にする現実の受け入れがたさ、むなしさに

死にたくなるような想いになる、その気持ちは

むさぼりくう方、暴力をふるう側の

幼稚で軽薄な、こころのない支配の醜悪さ、おぞましさの

極まりを思えば(きょうびリミットなくなってしまった。)

そう感じるに至るのも、おかしくないと

思ってしまうも

 

実際に、ほんとうに、その命の際まで

追い詰められたときというのは

本のなかでも書かれているように

 

「死のうとする人間の身に起こっているのは

精神の変調、それだけだ。」『幽霊人命救助隊 』p471

 

この印象に残る言葉を読んですぐあと

ツイッターで、RTされていた

坂口恭平さんの下記の投稿、目に飛び込み

そこに書かれている報道も、同時にあって

なにが起こっているのか

ただ、そういうことなのか

つきつけられる、想いになりました

 

 

その、精神の変調、思考の誤作動がおきたとき

そのとき、最後の選択につきすすむその前に

そこをとにかく、踏みとどまる

緊急時の停止装置のようなもの

それをそのときそのひとが

キャッチできるか

キャッチできるものがそのときあるか

そのところを

自死の報道を目にするとき

電車の運行がとまるとき

はがゆく、ことばにならなく、

ぐっとなります。

 

小説は、自ら命を絶った4人のひとが

命を絶とうとするひとたちの命を救う

救出の物語なのですが

そのひとりひとりの救助者も

そうなる背景も、そしてその心情も

現実、そのままに感じるもので

意識を重ね相手の情報を読み取る方法

それもアカシックそのまま

相手にはそれが見えない、わからないことも

その声をじぶんのものと感じていることも

そのままで

 

極限の孤独と絶望から

その選択肢、うまれるも

けど、ほんとうには、わたしたちは

本当けっして、ひとりじゃない

 

救助に全力をあげ、生を願う

幽霊救助隊のメンバーたちみたい

じぶんを見てくれているひと

必死でサポートを、

声をからしてなにかを伝えようとしてくれている存在が

ぜったいに、誰にもどんなときにもいて

 

それは、目に見える誰かに何かも、

知らなくても、かならずに

そのひとの存在を必要としている

そのひとの存在に生かされているひとやものやこと

からならずにいる。

 

息が吸えるような想いになる公園の木、

かぐバラも、

お店での買い物も、好きで食べているパンの先にも、

思いもよらない誰かなことも

自分は気づいていなくても

かならずにいる。いるからいま、自分も生きてる。

 

そのひとの存在を願う、生きての想いを

キャッチできるか

生きてよの声とさけび、とどく余地が

その瞬間にすこしでもあるか

その隙間の有無、きっと大きく

 

死に傾く瞬間の、意識のすきまに

目に見えるもの、見えないもの

そのどちらかの一端でも

その誰か、何かからの

「生きて」の切実な想い、さけびが

すっと差し込むことがあれば

緊急の停止装置働いて

誤作動とまり、視点が変わると

本でもそれが、救助作戦、全員の救出に

ありありと描かれている。

(救助道具のひとつはメガホン)

 

そのすきま

ぎゅっとかたく閉じきらないよう

すきまなくならないよう

その余地をつくるものが

思いやりなのだと、思う

 

思いやる、それは、

自分に対して

他者に対して

命に対して

生きるための命を与えてくれたもの

命を生かしつづけてくれているすべてに対して

 

この世界でじぶんはひとり

理解者いなく、じぶんを必要とするひともいない

それはほんとうに幻想の極み

 

いま見える、知るところに

誰もひとりもいなくても  何もなくても

そう思えても

ぜったいに誰か、見えないなにか

そして、生命をあたえてくれるもの

命が注ぎ、想いつたわり、躍動する

あらゆるものとつながりあって

いまじぶんは生きている

みんなそうだから生きている

つながりあい影響しあい、そこでうまれるさざ波が

生きる一歩、生きるちからに。

 

「僕はもうあのさそりのように

ほんとうにみんなの幸のためならば

僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」

          『銀河鉄道の夜』宮沢賢治

 

ジョバンニのこの言葉は

死への決心でなく、生きる決意に思う。

 

生きてこそ。

そして、生きている限り。

 

救助隊メンバーのひとり、八木さんの言葉

 

「死のうとしてる奴らが怖れるのは未来だ。

この先、いいことなんか何もないと思い込んでる。

だがな、誰も予言者じゃねえ。

ノストラダムスの大予言だって見事に外れたんだ。

つまり俺が言いたいのは、未来が定まっていない以上

すべての絶望は勘違いである」『幽霊人命救助隊 』p568 

 

ほんとうに。その勘違い、ほんとうに、

ほんとうに。

 

父のいない未知の人生が始まったとき

わたしは体あるも死のほうの意識でいた。

それを絶望ともいえるけど

とにかくは、父がいたときのあたりまえの幸せを

もう二度と生きることはないのだと

絶望よりも、生きることへのリタイアというか

あとはいつでもの、未来を見ないで

ただいまをただ ただようような

じぶんはしょうみほぼ幽霊で

生へと向かう世界から少し離れたところから

のこりの時間を精一杯に過ごすのだと

そんな想いで、いたのだけれど

 

そうして生きてゆくさきにあったのは

もうないと思っていた

生きていてよかった、うれしいという想い

そう感じる、ひとと、世界との出会い

 

生きているかぎり、ほんとうにわからない

未来は定まってはいない

ましてや絶対に確実なものなんて

いま生きている事実以外に存在しない。

 

死のひっぱりがぎゅんときても

いま生きている、その事実の意味が

ちょっとでも、すきまに入れば、射しこめば

 

そのすきま、

どうかぜったいに残していてと

死にたくなる思いになったとき

完全な孤独を感じるとき

生きる意味をなにも見出せなくなったとき

自分の存在は誰か何かに利用消費されているだけだと思うとき

それはまったく事実じゃない

 

そのひとの存在に、生かされているひとがいる

そんなのひとりもいないと思っても

それはいまそう思うだけ

この本を読まれたら、その意味わかるはず。

 

視点、視線、せまくより、とにかく広くを

それだけで、ゆるみがうまれる

隙間ができる。

 

そう、本の紹介できてなかった

 

高野和明 著『幽霊人命 救助隊』文春文庫

https://books.bunshun.jp/ud/book/

 

養老孟司さんの解説文も

とにかく読んで、読んだらわかるからと

それだけを書かれていて

ほんとう、おなじくの思い

 

この現代社会で起こっていることを

実際そこで体験するに近いかたちでわかる本

感じていることの確認が、できる本です。

 

 

未来は決まっていない

決まっていないは無限

無限の可能性が、生きている限り

生きている、すべてのひとに。

 

無限の可能性は

それをうみだしかたちづくる意識しだいも

それを生きる肉体があってこそ

からだ、意識、それを動かすこころ

ぜんぶ大事

 

じぶんを大事に

ほんとうに、どうか

じぶんを大事に

 

そうして、生きて

この移行期も生き抜いて

胸にある、じぶんのいちばんの大切を

どうか死守し、守り抜いて

 

さらなる切り替わりのとき

始まりのゲートをくぐりぬけ

そのときじぶんがいる場所に

決まっていない

無限の畑に

守り抜いた、その種を

植えて、育てて、

実りをあじわい、わかちあう

その種を、つながる未来、

そして、全体へ

 

いましんどさや困難を感じる状況にあられても

外側で起きることにひっぱられず

そのときのあらゆるぜんぶジャッジせず

それよりも、なによりも

「じぶんはどう生きたいか」

そこに意識の目をがつっと

意識の耳を、じっとすませば

 

種であるその答えが

ラピュタの飛行石みたい

どれだけさきが見えなくても

いまがよくわからなくても

みるべきところ、あしもとを

まっすぐ照らし

雲をつらぬきのびる光線が

じぶんのゆく道

示し、導いてくれるから

 

その種、魂の声を

なつかしすぎる未来に待つ、その答えを

いまのとき、意識の目、集中を

 

 

 

スピリチュアルリーディングにじのわ アカシックレコード

 スピリチュアルリーディング にじのわ