長崎

冬至、長崎を旅しました。
記録。

子供のころ、
すこしの間佐世保に住んでた。
その頃も基地の存在感、
異質な重みを感じていたけど
そこには明るい未来の風が流れてて
自分もみんなも生きている。を感じてた

ひさしぶりの佐世保は
車から見た基地の港にはイージス艦が並ぶ
コンビニで見た新聞の見出し
3000人規模の防衛強化の文字と
子供の頃に感じた空気と質の違う
冷たい水のような透明感、
意味の変化

長崎最終日は、市内を巡った
最初に行ったのは
長崎原爆資料館
被爆した建造物や、当時の写真、書物の展示
ならぶ全てが、いまも目の前に
その瞬間そのままに存在している

資料館を出て、併設する追悼平和祈念館へ
祈りの、中心の場所へゆくまでにも
歩く足や肩、重なる重力を感じる。
爆心地を向いて建てられた慰霊碑、
光の柱の先、亡くなられたかたの名簿の棚
祈る間中、後ろに立ち並ぶ存在たちから聞こえる
こつこつとした音、呼吸と
おしよせるビジョンと声と、黒い雨
祈りを終えるタイミングはなかった。
戦争、原爆の衝撃
今も変わらずに、今に起こっていて
みんな、じぶんの声、誰かに聞こえてと
たえまなく、声をあげている

ここへくるまで、知っていても、
感じたことも、日々のなか思ったこともなかった、
衝撃に重なるたくさんのひとのおもい、叫び、訴え、のぞみ
戦争と、あの瞬間、人、場所、生き物、空にいたるまで
ほんとうに、今、祈りを必要としていること

燃える火のなかへの、水一滴のように感じる
自分の祈り、集合した意識の焦点
それでも尽きなく祈りを必要としている声のためにも
もう二度と同じこと、繰り返すことなど、
あってはならない

場所全体が慰霊碑としてあった。鎮魂。
注がれる水の存在は、乾きを潤していた。
足りないのは、求めているのは、音。
そして、心の光だった。

大阪へ戻って、目を閉じると、
もう瞬間に、光の柱が並ぶ
祈った同じ場所に立つようになった。
後ろには、あのときの存在を感じる。
ともに、私は祈る

絶対的な絶望は、うめることができなくなる
そうなる前に、もうストップしないと。
わたしたちができる、いちばんは
どんな状況下でも、あきらめないこと
希望を持ち続けること
先日の上映会、東ティモールにも
チベットにも、
おなじなにか、重なる。

祈りを必要としてるのは、
長崎、広島、日本、世界、
全体にある。
原発の沈静化
地震の分散化の祈り
海や山や川、空と大地への償い
生かさしてくれる、すべてへの感謝

私はずっと、
祈る、得意じゃなかった
苦手だった。
私は違うことすると思ってた。

祈りに、音、 声の必要を知る
祈りのことば、マントラ、
いまは、なにもことばでてこない、
黒い雨をこえて
明るく広がる青空へと
描き願うしか。