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強い変容、エネルギーの波が
事象となって現れてくるこれから
それらエネルギーの動力を感じられ
ハートやぜんたい、
どうにもきびしくあられるとき
その旨メンション頂けましたら
重みや痛み、
ちょっとでもなめらかをおもい
ハグなどのエネルギー送ります。
よかったらご利用ください。
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こちらご確認ください。)









かぐや姫の物語



ちょうど満月になるころ、
梅田でかぐやひめを観ました
映画を超えた作品でした。
思考で理解するなら
かぐやひめの物語どおりの印象になるかと思う
けど、観ればもう思考を持ち込むことはどこかへいって
完全に内なる体感、タマシイへ
"思い出す"の作用を持って、働きかける
作品はメモリーディスクそのものであり、
記憶の再生装置でもあるような
内で静かに染み渡る衝撃に
映画館を出たあともしばらくは
ここへいてここにいない
ほんとうの実体ある見えない場所へ
裸足で着地した、足裏の心地と広がる景色
びっくり、呆然と
目も胸もよぼよぼでした。

今のときにこの作品がうまれ
全国各地で上映をされていることは
決まっているスケジュール、
セットされたポイントとして
すべては決まったもとへと
必要と必然のもとに動いていること
この作品が誕生したのは、
そのシンボルにおもいました。

なんのこっちゃかもしれませんが、
特に今、タマシイの体感
がっしり明確にすることを
求められているかたみんな
この作品を観られたら
なによりがつっとダイレクトやとおもいます。

そしてできれば、ほんとうみんなが
作品を観たならば、
そして観た人のみんな、無自覚であっても
タマシイの起動スイッチ、
確実に押されることになる
むちゃすごい、希望、
希望が映画になった
映画だけど、映画を超えた作品
カンタ!ティモールともつながります
みんな、ほんとうに、
観てほしいです。

明日はレディースデイ、
うちももう一回観にゆこうと思います。

かぐや姫の物語

 









長崎

冬至、長崎を旅しました。
記録。

子供のころ、
すこしの間佐世保に住んでた。
その頃も基地の存在感、
異質な重みを感じていたけど
そこには明るい未来の風が流れてて
自分もみんなも生きている。を感じてた

ひさしぶりの佐世保は
車から見た基地の港にはイージス艦が並ぶ
コンビニで見た新聞の見出し
3000人規模の防衛強化の文字と
子供の頃に感じた空気と質の違う
冷たい水のような透明感、
意味の変化

長崎最終日は、市内を巡った
最初に行ったのは
長崎原爆資料館
被爆した建造物や、当時の写真、書物の展示
ならぶ全てが、いまも目の前に
その瞬間そのままに存在している

資料館を出て、併設する追悼平和祈念館へ
祈りの、中心の場所へゆくまでにも
歩く足や肩、重なる重力を感じる。
爆心地を向いて建てられた慰霊碑、
光の柱の先、亡くなられたかたの名簿の棚
祈る間中、後ろに立ち並ぶ存在たちから聞こえる
こつこつとした音、呼吸と
おしよせるビジョンと声と、黒い雨
祈りを終えるタイミングはなかった。
戦争、原爆の衝撃
今も変わらずに、今に起こっていて
みんな、じぶんの声、誰かに聞こえてと
たえまなく、声をあげている

ここへくるまで、知っていても、
感じたことも、日々のなか思ったこともなかった、
衝撃に重なるたくさんのひとのおもい、叫び、訴え、のぞみ
戦争と、あの瞬間、人、場所、生き物、空にいたるまで
ほんとうに、今、祈りを必要としていること

燃える火のなかへの、水一滴のように感じる
自分の祈り、集合した意識の焦点
それでも尽きなく祈りを必要としている声のためにも
もう二度と同じこと、繰り返すことなど、
あってはならない

場所全体が慰霊碑としてあった。鎮魂。
注がれる水の存在は、乾きを潤していた。
足りないのは、求めているのは、音。
そして、心の光だった。

大阪へ戻って、目を閉じると、
もう瞬間に、光の柱が並ぶ
祈った同じ場所に立つようになった。
後ろには、あのときの存在を感じる。
ともに、私は祈る

絶対的な絶望は、うめることができなくなる
そうなる前に、もうストップしないと。
わたしたちができる、いちばんは
どんな状況下でも、あきらめないこと
希望を持ち続けること
先日の上映会、東ティモールにも
チベットにも、
おなじなにか、重なる。

祈りを必要としてるのは、
長崎、広島、日本、世界、
全体にある。
原発の沈静化
地震の分散化の祈り
海や山や川、空と大地への償い
生かさしてくれる、すべてへの感謝

私はずっと、
祈る、得意じゃなかった
苦手だった。
私は違うことすると思ってた。

祈りに、音、 声の必要を知る
祈りのことば、マントラ、
いまは、なにもことばでてこない、
黒い雨をこえて
明るく広がる青空へと
描き願うしか。


 









影がない鳥のお札
最初それを知ったときを、
いま思い出した。

4日の日食越えるとき、越えた朝
あぁって、なった。
そうくるんだって、
わたしには、それは、
切り離しては行けないのは
もう、そうなっていて、そのうえでを
おばあちゃん、教えてくれた。

母の木も、かみさんも、おばあちゃんも
宇宙人も
ことばうまれる土台、みな共通している。
そのうえの、希望を
みんな、生きようと、生かそうと
光。

それを生きるのは、
いまを生きているひと

希望を、肉体をいつ離れても
希望を、生きていたい。


しばらく、朝と夜。涙がとまらなくて、
けど、いま、泣いとけって ことなのかも。

生きる意味、
これからあるのは、泣くじゃない。
きっと、希望が希望じゃなくなったのが
平和なんだろう。
平和をわかるのは、笑顔なんだろう。

昨日、平和をみた。
生きてるひとがいっぱい
美味しいごはんとお酒、
音楽と、ひと


ちかいうち、といいつつのままの
灰色ワークショップ、
もうほんとう、しようと思う。
意思じゃなく、提示される
そうなっているをうけいれる。
うけいれて、このかかわり、するべきことを。
それが、わたしであるに、含まれている
もらったぶん、うごかないと。












からっぽ

厳しい8月の始まりでした。
今年の3月、はたさんが話されていた
からっぽになりたい。
言葉を示してもらったあと
わたし自身も内からうまれた
「からっぽ」への強い希求。
からっぽ感、胸に描くと
憧れに近い感覚にもなりました。

それが、その思い
毎日幸せでふくふくしてるうち
からっぽへの希求は薄れ、
もう最近は、
すっかり忘れていたのですが

8月の初日、風立ちぬを観たあと
そしたら、胸の栓がぬけて
希望も悲しみもほんとうも大切も
もろもろすべてが、外へ外へと流れ落ちて
気づいたら、
からっぽになっていました。

初めての感覚、
からっぽだけど、ボイドとは違う、
ニュートラルでフラットで
けどまんまるく、そしてどこまでも軽い
吹かれては飛んでゆく
綿毛のようで、
けど、飛んで行きようのない
今までにない、ひどくシビアなどっしり感
その不可思議なバランス

宇多田ヒカルさんの曲でいちばん好きなのが
テイク5という曲で
清々しくて透明なその曲の
その歌詞そのもののように思える
からっぽ感は
だけど、実際の体感としてのとき、
その慣れなささ、真新しさもあるのか
そんなには、心地はよくなくて、
そして、それからが大変でした。

8月に入ってから、
部屋に鍵をかけられて
夏休みの宿題、
終わるまでは出られないような
みえない流れからの、もう決定ごとのように

もうそうなれば、とにかく宿題
部屋に籠って、床につっぷしながら
ぐえぐえ、取り組み続けるしかなく
最後は泣きながら、衰弱しながらも
なんとかやりきり
今日にやっと外へ出れたような
短期集中型、
濃密で厳しい、一週間でした。

終わってしまったあとは
そのすがすがしさも
宿題ぜんぶ終わったときの心地にとても近く
あとの8月、自由に、したい放題の
ものすごくサンサンと
太陽の熱の心地よさに、
幸せで泣けてしまう
胸のいっぱいさ
しんどかったけど、よかったと、
今は安堵でいます。

からっぽになってわかったのは、
それまで胸に詰まっていたものの
掛け替えのなさと愛しさと
幸せのかたまり
そんなんばかりで、

からっぽを求めてたときは
ただ胸の重みから
解放されたい気持ちだったけど
それが胸になくなったとき
それは、ものすごく、
寂しいものやったです。

もういっこわかったのは
いちど、流れ落ちてしまったものは
もう、同じように、胸には戻らないということ
過去のすべては、過去になってしまったような
これからは、今にしかあれない
瞬間瞬間を
100で満たすような
やっぱりまだちっとも慣れない
胸のありかたがあって、

けど、その受け皿である胸
からっぽを経た今
炊飯器の釜、むちゃ分厚くなった感があり
これから炊くお米は
きっと、今までより美味しくなる
そうしか思えない思いと
いっぱい炊いて、いっぱいおにぎり握って
出会うひと、渡したい思いに
いま、胸が輝いています。

これからは、ほんとうに
直接を大事にしたい思いが前からあり
今日も、外へ出て、なるべく歩くようにして
そしたら、素晴らしい出会いがありました。
出会えて、話しができて、涙が出た。
それは、今と過去とを繋いでうまれる幸せ。
今だけど、今は過去と、そして未来
同時なんやと、改めて、実感しました。

直接会って、目をみて、話す。
予測をとっぱらい、その場所へ行く。
五感を通して触れられる、
そこからわかること、うまれるもの
今にあるエネルギーを
そういう直接に、むけていきたいです。

この一週間
新しい勢いでとにかく行こうとしてたけど
自分の歩いてる先が見えなくなっていたのも
気づいてないくらい、混沌ともしていて
それを、戻る場所へ引き戻してくれたのは
繋がる大切な仲間、存在達
特に声、声ってすごい。
なにを話したかとかを越えて、
そのひとの声が、自分を思い出させてくれる。
自分に戻る感覚、不思議でした。
なんでわかるのか、それを思うと
感謝ばかり。
連絡をくれて、ありがとう。










鳩のタマシイ

ツイッターに慣れ親しんで
長い文章が書けなくなった。
以前続けていた日記ブログ
ひさびさ読み返してみたら
今よりはまだ長い文章も、
なんとなしに書いていて
ツイッターも、
はんぶんは日記がわりの
使いかたをしているけど、
つぶやきを読みかえすより
その頃のブログのほうが、
もう何年も前のことであっても、
つらつらとした文章から
そのときのその瞬間の情景、
リアルに鮮やかに甦ってうかぶ。

8月になって、
動くであろう変化もあって
いまツイッターでしている
にじのわのお知らせや
日々のこと、感じていること、
これからは
なるべくブログのほうへ
記してゆこうと思う。
そして、また長い文章、
自然に書けるよう、
国語力、取り戻したい。

日々の記録、前のブログを読み返すと
葛藤の取り組み日記ともいえて
もしもいま、葛藤との対峙にあられましたら
私の個人的な取り組みの記録ではありますが、
すこしの参考にもならないかもしれませんが
葛藤の取り組み、その過程や展開
こんな感じの場合もあるんだと、
よかったら。 鳩のタマシイ









準備

もってゆける必要最低限の、
ほんとに必要なものと
もうもってゆけないもの、冷淡にわけ、
毎晩いっしょに寝てたつらら
離れたら、そんな夜も朝もなくなることの
はんぱなしな胸のつらさ苦しく
新しい始まりを始めなくちゃいけない
その見えなささに
すこしの、やけっぱち感。
今の場所に引っ越す直前の
準備のときの気持ちを思い出した。
かなり重重の気持ちからの
引っ越しだった。

けど今は、
まったくの新しさが待つ場所で
自分が生きたいように生きられる
スナフキンをおもう、
軽やかさに心満ちている

8月、意識と心、そこからの行動
新しい場所へ、まっすぐに一歩を
踏み出してゆけるよう
あと数日、今月中に、
しっかり準備と整理、完了させる。










「水菜買いにきた」

☆☆☆

一枚の絵になった
パズルのピースばらばらにして
むきも穴のあき具合も、
鋭く冷たくみきわめながらのうえで
彼女が絵をみた瞬間の絵にはめこみなおされた
愛さんの手からうまれたパズルの絵は、
にじむ生気吹きかけたみたい
その生命力と躍動と、
おんなのひとの心がまざった
ただただ、肌の内側でどぎまぎと
けどその、なんだかわからない
ぴたっと ひやっとした心地のよさに
触れたことのない体感
その体感を知れたことに
感謝する。

続く日常の線のうえに
芸術の糸がからまる瞬間
生きていてよかったと思う喜び
愛さんの言葉は、
それをくれる。


愛さんの第一歌集『O脚の膝』

このたび、電子化の運びになったと
なんて嬉しい知らせ
私は初キンドル、初電子書籍
購入し、昨日10年ぶりに読みました。

紙とは違う質感だけど
そこにある、生命力も、躍動も
透明な水のひったり感も
なつかしく、そして新鮮で

ぜひ、愛さんの歌
知って、触れて欲しいです。

『O脚の膝』今橋愛


わたしのすきな歌、
いくつか、転載させていただきます




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手をふっても

またねといっても

次にかおをみないと

かおをみたいのです






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やわらかくこころがゆれてるふりをして

紅茶の味がわかりません






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ああまちに

今日も光がさしこむよ

記憶。どこにもうちつけて痛い






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うすきいろのせかいにいつもいる人を

愛す愛す。

とけたつぶのように






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言葉を声にする。

政治の話はしずらかったり、
がしがしとは話しちゃいけない空気だったり、
政治や選挙に対する、世間のなかでの個人のありかた
今の日本の様々な問題に対してと、同じありかた。

けど、話さないけど、それぞれに考えやおもいはあって、
口にはしない、そのこめられたものの集まった現れが、
その結果が、今の目の前の現実だとしたら、
もう今までどおりのままじゃ、本当いけない。

政治のはなしだけじゃなくて、
言葉にしなきゃわからないこと、
言葉にしてはじめて、
自分でもじぶんはそう思ってたんだと
気づくことがあったり
言葉にしてはじめて
他者の内のスイッチを、
ぼちっとおせることもあったり
言葉にしてはじめてうまれる
起こる、変化というのがある。

もう今は、ネットのなかだけじゃなくて
直接、ひびに関わるひとたちと
もっと、もっといろんなはなしを
するときなんじゃないかと思う

政治のこと、原発のこと、
世界への憤りも絶望も
それでも信じたい、希望や可能性も
自分自身の悩み、
他者への心配も
いまは、いまはつながる人同士
言葉にして、内にあるもの、口にすることで

言葉と言葉、
想いと想いのぶつかりあいから
際立つ違いも
混ざり合わない悲しみも
重なり音量あがる共鳴も、
他にない化学反応も

口にする前と後
言葉にして、初めてうまれた一滴は、
変化の波紋を
それが一滴、わずかなものでも
今を変える動力が
人と人のあいだから発生し
大きな海に、ぽとんとおちて

はじめの一滴からの波紋、
それがあちこちからうまれたら、さざ波
波どうしはぶつかりあって、
いつかあたらしい波をうみ
いつか、おおきなうねりになって

潮力発電みたい
うまれた新しいエネルギーが
新しい、新しいいまを、現実を
作ること、できるんじゃないか

話すこと、口にすること、
いま、必要なんじゃないかと

ものいわない日本の空気
もしも日本がかわれば
世界もびっくり、
世界とも、関わり合いかた
かわるように思う。

そういう自分自身は、
政治のことも、原発のことも
自分のことも
母以外には誰にも、
話すことしない。
しないようにしてきた。
それが、いちばん、波風たたせず
問題なくいられるから。

でも、でもそれが、その選択のままの結果が
自分が、日本が、世界が受け取っている
今の、この 現実なら
もう、違う結果、違う広がりを、展開を望むなら
まず、まずじぶんができることは
じぶんが、変わらないと。

じぶんが変わる以外には、実際なにもできなくて
それは、自分以外にはできなくて
そうであれば、するしかない。

そういうときにいまあると
選挙直前になって
遅いけど、そう思って
せめてそう思った今、言葉にしようと
思いました。

心は言葉にしたいことが山盛りあっても
ツイッターやFBも、
やっぱり、そんなおもいきりには、
言葉にできない。

いまできるのは、そうしたいと思うのは
いま直接会える、会えたひとと、
しっかり顔をみて、むきあって
話しずらい話を
一歩であるひとことを、
話す。言葉にする。
言葉にしあえるかかわりあい、じぶんから
始められたらと、思う。










葛藤

4月、入りました。
今というのは、しょうみ際際ではありますが
心や意識や現状に、"余裕"というのを持ちながら
自分の内なる葛藤と向き合い取り組むことのできる
最後の猶予期間にあって
5月以降は
余裕も猶予ももうだいぶむずかしくなるように
わたしは感じております。

今のたいへんや、
この先で、これから何が起きるのかではない
じぶんがいまを、生きたいように
どれくらいのびやかに、生きられるか
だれかの、なにかの、役に立てるかは

内なる葛藤の、芋ずるにくっつくもろもろ
もう今どんどんと露になる、見ないようしてたもの
それと、今このときの、いまの瞬間に
どう向き合うかに
かかっております。

あらゆるすべてを押し上げ顕現させる
変容の波、すべてに届くその作用は、
4月に入り、完全に沸点をむかえ
ぐらぐらぼこぼこ、
それまでの空気すべてが
まるで湯気か蒸気へと変わったみたい
集合意識全体が、大きな釜のなかへと
どばしゃん、ほうりこまれ湯がかれて
ぐらぐら、煮沸段階に入りました。

4月もまだ3日ですが、
すべての葛藤をあらわにする波を
実際にこの3日のあいだに
その現れをみて、それを自分も体感してみて
その容赦のなさと問答無用さ
想像以上に半端が無いことに
だけど驚いてもいられない、
おそろしく、シビアな状況

本来の音からじぶんを今迄遠ざけて、切り離してきた
古い不要なものすべて
もうもってはゆけなくなった今、
手荷物検査じゃないけれど
かばんのなかのあらゆるすべてを
いちどテーブル、がさっと、強制的に
みたくなくても、みられたくなくても
もう、ぜんぶを出すしかない、
必要な手続きである、いまというとき

どんなものが露になっても
どんなに目をそらしたくても
そこでどんな感情がわきあがったとしても
それを、
ジャッジでもって、ゆさぶられないで
まんなか、中心、奥の無限の広がりにいる
そこの中心から、もろもろを、観察する。
明晰性。
軸から、明晰に いまをいてください。

どうか、
葛藤に飲み込まれないでください。
葛藤に焼かれないよういてください。

燃やされないためには、
炎のうえを問題なくあるく人のかんじ
そんなかんじで、

かたく緊張感じさせる日記になりましたが
この、入試本番前のときを
よぶんな力ほうりだし、どうか、リラックスで









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